組織に入らないキャリア構築がしたかった彼女はなぜ国連に?#2~WFP 並木愛さん~

国際協力

国際協力に関心がある人の多くが、一度は憧れた、もしくは現在目指しているであろう国連。

筆者も、国連職員に憧れています。

今回は国連機関のひとつであるWFP(国際連合世界食糧計画)の職員としてご活躍されている、並木愛さんの第2弾です!

では、並木さんがWFPで働くまでの経緯に迫りましょう。

1989年千葉県出身 県立千葉女子高校卒業
通った法政大学では、全国2,000kmの自転車旅と南アジア、アフリカへのバックパック旅行に明け暮れる。
4年次休学し、イタリアヴェネツィア大学留学。
2013年 法学部国際政治学科卒業
ロンドン大学政治経済学院にて国際開発マネジメント学修士号取得
デロイトトーマツコンサルティングで官民セクターの経営コンサルティングに携わる。
2017年 広島平和構築人材育成事業の国連ボランティアとして世界最大の人道支援機関である国連WFPジンバブエ事務所に赴任し食糧ニーズ調査を担当。
2018年~ JPO派遣制度でルワンダ事務所に異動し、現在ジェンダー、保護、パートナーシップ構築担当として15万人の難民支援に従事。

社会問題・国際貢献に関心を持つまで

ーーー社会問題に興味を持ったきっかけは何ですか?

14歳の時に「淳」という本を読んだことです。

この本は、1997年に14歳の少年が起こした、神戸児童殺傷事件の被害者の父親によって書かれました。

「淳」を読んで初めて、社会問題を被害者の視点から、被害者の声を通じて知りました

今でも1994年に大虐殺が起こったルワンダで生活したり、難民キャンプに足を運んで紛争から逃れてきた難民の方々と話すことを通して、当事者の声をもとに第三者としてできることを模索しています。

ーーー世界に目が向いたきっかけはありますか?

特にこれといったきっかけは無いです。

子どもの頃から、ふつふつと国際協力に興味が湧いたタイプでした。

そして大学時代にソーシャルセクターで活躍する方達の講演会に足を運んでお話を聞いて、NPO法人コペルニクの創立者中村俊裕さんとISAKジャパンの小林りんさんという二人の社会起業家の生き方が素敵だと感じました。

お二方は共通して、かつて国連職員として途上国の現場で仕事をされていたと知り、私も途上国の現場で生活して問題解決を仕事にしたいと考えました。

WFPで働くまで

ーーー学生のときから国連職員になることは考えていましたか?

実は、国連のような組織は自分に合わないので絶対に入りたくないと思っていました。

なぜなら、国連をクールなエリート集団と思っており、頭で考えるよりは体が先に動くような自分とは生涯縁がない組織だと思っていたからです。

しかし、社会人生活2年が経った頃に足を運んだWFPの講演会で国連ボランティアとしてミャンマーで活動されていた方の話を聞きました。

そこで国連WFPは世界最大の人道支援機関として国連の中でも徹底的な現場主義、仕事にスピード感がある、仲間と相手の絆を大切にする温かい組織であるということを聞き、興味を持つようになりました。

ーーーWFPに入ろうと思ったきっかけは何ですか?

東日本大震災の被災地ボランティアがきっかけです。

避難所の学校や公民館で生活する方々300人以上に避難中の生活で直面する問題やニーズをお聞きしました。

災害によって生活基盤を失い、尊厳を保つことが危ぶまれる人たちに寄り添って、再び自立するための活動に取り組んだ時に、初めて自分が理想とする仕事像にぴたりとはまる感覚を得たのです。

また、ボランティアをしていて、援助のコーディネーションが上手くなされていないことに問題意識を持ちました。

援助する側が良かれと思って送ったものが、援助を受ける側からしたら不要なものである場合もあるんですね。

だから、最も効率的にコーディネートをして、ニーズがある人に届けるための方法を考えることが大切です。

この考え方は、今の仕事でも課題に感じ、改善に貢献したいと思っています。

ーーー大学院で国際開発マネジメント学を専攻された理由は、国際協力のキャリアを意識したからですか?

興味にしたがって、やりたいことをやってきたので、あまりキャリアを意識したわけではありません。

ただ、明瞭なきっかけはモロッコに行ったことです。

イタリア留学中、私はクリスマスになると閉まる、古い修道院を改装した女子寮に入っていました。

つまり、クリスマスには住むところが無くなるんです。

だから、留学中の12月に寮に住むすべてのイタリア人の友人たちが実家に帰省する中、渡航費が安いモロッコに行くことを決めました。

どこで生活しようかと調べた時、当時勉強していた世界遺産の集落の近くにある、モロッコの砂漠のオアシスのベルベル族が住むウルウイ村について知りました。

ウルウイ村には、生活向上や地域の活性化のため、ホームステイプログラムをやっているJICA青年海外協力隊の方がいたんです。

急遽青年海外協力隊の方に連絡をとって、10日間お世話になりました。

はじめて途上国で現地の方と一つ屋根の下に暮らして、そのおもてなしに感動したんですね。

夜はとても冷え、土壁に穴が開いているような貧しい家に住んでいるにもかかわらず、私を家族の一員として受け入れてくれたのです。

言葉の通じない私の手を引いて、ハマムという地元の銭湯に連れて行って背中を流してくれたり、なけなしのお金を握りしめて市場で鶏を買ってきてくれたりしました。

最初は世界遺産への訪問ついでに訪れた村でしたが、地元の方と生活する中で、自分の視点が観光客のものから問題に直面する当事者のものに近づいていくのを感じました。

また、その村がモロッコ国内で2番目に貧しい村で、家族に食べさせるために苦渋の選択で村を去る人もいて「私に何かできることないかな」と思ったのです。

私は、美しい村の風景を守ることにも興味はあるけれど、それよりもまずは人の生活や命を守ることに貢献したいのだと気づいた経験です。

そこで、モロッコからイタリアに帰って大学卒業後の進路を考えた時に、3つ候補が見つかりました。

1つ目は、海外の大学院で開発学を勉強すること。
2つ目は、在外公館派遣員として途上国の日本大使館で事務の仕事をすること。
3つ目は、JICA青年海外協力隊として途上国で草の根の活動をすること。

3つすべてに応募したところ、イギリスの大学院と、東日本大震災の経験を買われ、防災隊員として、エルサルバドルのJICA海外協力隊に合格しました。

結局大学院を選ぶのですが、その理由は大きく2つあります。

1つ目は、これまでに目で見てきたことの整理をしたかったからです。

学生時代、足を動かして活動ばかりしていたので、活動を振り返り得た情報を整理したり、問いの答えを腰を据えてとことん探る機会がなかったんですね。

だから、目で見てきた問題を体系的にまとめて、論文を書いたり、様々な国から来た優秀な学生とディスカッションをしながら貧困や人道問題について徹底的に学び直したいと考えました。

2つ目は、日本学生支援機構から奨学金を借りるために、「大学卒業後すぐ進学」という条件を満たさなければいけなかったことです。

JICA海外協力隊で中米に行き、現場の深い問題に触れることも魅力的でしたが、悩んだ結果、大学院に進むことを決意しました。

ーーー新卒で経営コンサルの仕事を選ばれた理由はなんですか?

短期間で問題解決の基礎から応用まで学べる機会を得られると思ったからです。

将来、社会課題の解決をするためのツールや方法論を学ぶにはどうすればよいか考えていた時に、経営コンサルタントという職業に出会いました。

キャリア構築

ーーキャリア戦略はしっかりと立てられていたのですか?

大学生の時から10年計画帳をつけてましたね。

自分はいつまでに何を成し遂げたいのか、どんな仕事に就けばどれだけのスキルが得られるかなどを考えて、20代でやりたいことを紙に書き出しました。

それまでは、社会貢献を仕事にしたいことはわかっていても、具体的にどこで何をするべきなのかは漠然としたイメージしか湧かなかったんですね。

そこで、雑誌やインターネットで目にしてピンときた方の講演会に行ったり、直接連絡をして会いに行ったりして、相談させてもらいながらどうキャリアを進めるべきかも書き出していましたね。

でも書いた通りに進められたわけではなく、紆余曲折しながらここまで来ました。

大学を卒業してそのまま海外の大学院に進んだり、同級生から2年遅れて新卒として会社に入ったりと一般的な流れには沿わない選択をしてきましたが、最終的に降り返ってみれば、24歳で修士号の取得、27歳で国連WFPへ就職して途上国の現場で仕事をすることも含めて30歳になるまでにやりたかったことは全て達成しました。

ーーー自分のやりたいことを明確にして逆算して考えていったからこそですね。

でもパッションで突き進むので、気づかない失敗やリスクは冒していたと思います。

国連WFPは2回目の応募での合格でした。これまで山のような不合格通知を受け取り、自信を無くしそうになることもありましたが、それは自分がやりたいことのためだったので、今となれば必要な経験でした。

特に頑張ったというよりは、挑戦できる環境に恵まれ、好きなようにさせてもらったので、その結果が今に繋がっているという気持ちです。

ーーーキャリアを考える上で何か悩みなどはありましたか?

たくさんありました。今も悩んでいます。

得るものがあれば失うものがあります

願っていたキャリアを手にできた反面、全スタッフの90%が途上国の現場で働く人道支援組織では、家族や友人と離れなくてはなりません。

それに、日本のように治安やインフラの整っていない国では、安全や健康面のリスクが高まります。

周囲の同僚でもキャリアとライフのバランスに悩む人は多いです。

ーーー次回予告

やりたいことや好奇心に素直に、キャリア構築されてきた並木さん。

次回は、国連職員になるためのアドバイスや、並木さんの今後の展望をお届けします!

読者の皆様へメッセージもいただきました!

*ライタープロフィール
横山愛未
教育と福祉に興味がある大学1年生。
「知らないから差別をする」という信念のもと、様々なことを経験から知るために活動しています。
目の前で苦しんでいる人を笑顔にしたい。