運が悪いのは言い訳だった?~ひねくれ少女のお話~

メンバーコラム

突然ですが、自慢させてください。
もしかしたら、あなたが幸せになるかもしれない自慢を。

ひねくれ者だった私。

私は運がいいです。

いつも優しい人たちに囲まれていて。
高校生でカンボジアに行く経験ができて。
大学に通えていて。

本当に運がいいな、なんて思うのです。

自慢のように聞こえるでしょうか。

でも振り返ってみると、少し前までの私は、「自分は運が悪い。かわいそうな存在だ」と考えていました。

自分をかわいそうな存在だと捉えていた頃は、
他人に嫉妬して、羨んで、揚げ足をとって。

全く楽しくない毎日でした。

ひねくれ者だったなあと思います。

それなのに今、どうしてこんなに幸せなんだろう。
人の長所を見つけることが得意になれたんだろう。

幸せ者になった私。

私は運がいい。

こう思えるようになった理由を、2つ推測しました。

1つ目は、考え方が少し変わったから。
2つ目は、運が良かったと言うために行動したから。

私は自分のことが嫌いで、それを運や環境のせいにしていました。

あんなに勉強したのに志望高校不合格やった、運が悪いな。でもみんな塾行ってたんやろ?
コミュ力高く生まれたかったな。
親のお金で留学してる人ってズルくない?恵まれた環境で羨ましい。

なんて思っていました。

努力不足、実力不足と心のどこかでわかっていながら、運や環境を言い訳にしていました。塾の費用は高いけれども、親は頼みこめば通わせてくれただろうに。

人と話すことが苦手だったのも、傷つくことが怖かったから。私自身の話のつまらなさを実感したくなかったから。
私のまわりには昔から優しい人で溢れていたのに、幼いときの少しのトラウマから、他人とコミュニケーションをとることを恐れていました。
生まれつき話や人とコミュニケーションをとることが得意な人がいて、私はそうじゃなかったから人生楽しくないんだなんて思っていた時期もあります。
でも、ちょっとだけ勇気を出して話しかけてみると意外と話が盛り上がることもあって。
私の周りには、「この子とは話さない」みたいな人もいなかったのに、気づけていませんでした。多くの人が、初めて話しかける時は勇気が必要なはず。
コミュニケーション能力が低いだなんて、ただの言い訳でした

さらに私は、「運が良かった」と言うために行動するようになりました。

だって運の良し悪しに任せた人生なんて嫌だから。

私の人生の主導権は私が握りたい。
そう思うのです。

私が高校生でカンボジアに行ったきっかけ。
それは「悔しい」と思ったことでした。

元々高校で1年間留学するつもりだった私。
でもあまりに費用が高くて。親は「何とかするよ」と言ってくれたものの、さすがに申し訳なかった。

でも留学に行く予定である、同級生達の姿を見るととても悔しくなるのです。
1年後には、たくさんの経験を積んで帰ってくるんだろうな。惨めに感じるかもしれない。

それは嫌。
だから私は、カンボジアに行くことを決意しました。
これまでの貯金を使い果たして、自分の経験に投資しました。

そしたら、見える世界が変わりました

留学に行かなかったことは、「運が悪い」のではなく、実は宿命だったのかもしれない。

カンボジアに行ったことで、自分の無力さに気づけたし、自分の環境が恵まれていることも知った。

「私の人生、ツイてないなあ」
今後も思うことがあるだろう。
でもそんな時は、ツイてない出来事や現象を、ツイてるように見られないか。
もしくはツイてる、運がいいと言うために行動できないか。

そう考えようと、今は思います。

ライタープロフィール
横山愛未(よこやままなみ)
教育と福祉に興味がある大学1年生。
「知らないから差別をする」という信念のもと、様々なことを経験から知るために活動しています。
目の前で苦しんでいる人を笑顔にしたい。