就職活動について
ーーー就職活動についてお伺いします。民間企業への就職を希望されていた理由を教えてください。
共働き家庭で働く母親の姿を見て育った影響もあり、ばりばりとキャリアを積みたいと思っていました。
社会貢献への興味もありましたが、ピルコンの活動は大学4年から始めており、就職活動の時点では、自分のスキルを磨いておきたいという気持ちのほうが強かったです。
ーーー就職活動の中で大切にしていた軸を教えてください。
「新しいものを社会に生み出し、提供できること」を大切にしていました。
昔から、「もの」によって人を表現したり、幸せや豊かさを感じられることを「素敵なことだな」と感じていたからです。
その気持ちから、大学では、マーケティングやブランディングのゼミに所属していました。
人が魅力を感じるものを見つけ出し、戦略的に提供できる点に惹かれたからです。
実際に学んでみて楽しさを感じたので、新卒の就活でも、その分野に関われることを軸にしました。
最終的にブランディングを専門とするコンサルティング会社に就職、その後に転職して化粧品・雑貨メーカーにてプロモーション業務を担当しました。
ーーーピルコンの活動でも、その軸は関連しているのでしょうか?
そうですね。私は、ピルコンの活動を通じて、性教育から新しい価値を生み出していると感じています。
世間では少しネガティブに捉えられがちな性教育を、見せ方を変えることで魅力的でワクワクするものに変えていくという風に捉えています。
性教育をブランディングしている感覚ですね。
ピルコンの活動に戻るまで
ーーー社会人になってからのピルコンの活動について教えてください。
卒業した直後は、メンバー内で次の目標が見えてこず、活動自体を2年間ほど休止しています。
その後、会社員としての働き方に疑問を持ち、社会課題解決に少しでも貢献できればと感じ始め、社会人3年目頃から活動を少しずつ再開しました。
初めは土日を中心にピルコンの活動を行い、社会人5年目頃からは週3回勤務にして、より力を入れるようになりました。
ーーーピルコンの活動が「自分のやりたいことではないか」と感じ始めたのはなぜですか?
その時に働いていた職場に対して、「私がこの仕事をする必要があるのか、既に多くの素晴らしいものが世の中にあるのに新商品を生み出す意味はあるのか」と自分の仕事に違和感を抱くようになったからです。
それだけでなく、大学での経験から、「中絶や性の現状を変えたい」という使命感を持っていたと思います。
私にとって人生で一番つらい経験で、避けられるなら避けたかったことです。
だからこそ、同じ経験をしている人が未だに年間15万人いる現状への問題意識は、社会人になってからも常に感じていました。
当時の会社で働き続けることに疑問を感じながら、転職したいと思える企業も思い浮かびませんでした。
そこで、仕事にしていける自信はないけれど、できることからやってみようと、ピルコンの活動に戻る決断に至りました。
ーーーピルコンの活動を再開した時、性教育を中心にした理由を教えてください
自分の活動と社会課題解決の繋がりが見えなくなっていた時、それを結びつける方法として性教育に出会ったからです。
活動を再開した時は、性の問題に興味のある人で集まって勉強会やイベントの開催をしていました。
しかし、活動を続ける中で、当時の活動が社会的なインパクトに繋がっていないと感じ始めました。
勉強会では性や避妊への意識や関心がすでに高い人が集まっており、無関心な層には届いていない。
そうしている間にも、中絶を迫られている人がいるかもしれない。本来するべきことは、その状況を未然に防ぐことだからです。
「やりたいこと」を達成するために、何をすべきなのか悩んでいた時、秋田県の中学校・高校で行われた性教育によって、10代の人工妊娠中絶率が10年で3分の1に減ったと知りました。
思春期から性教育を行なうことが、自分のやりたいことに繋がると気づき、そこからは性教育に目を向けるようになりました。
ーーーNPO法人にされたのはなぜでしょうか?
学校などの教育機関と連携してピルコンの活動を広めたいと思ったからです。
当時、性の問題について取り組むにあたり私たちの団体は若い人が多く、世間から信用を得るのが難しいと感じました。
社会的に一定の信頼を得られる法人格にすることで、自分たちの気持ちを伝えられ、より広く受け入れられるのではないかと思いました。
活動に対する思い
この記事の監修者
吉田宏輝
COCOCOLOREARTH代表、社会活動家。
COCOCOLOREARTHでは、社会課題解決を軸にした就職・転職活動を支援するインタビューメディアの代表として、100人以上の社会活動家にインタビュー、記事執筆やイベント登壇などを行う。