新卒で、いきなり「日本三大秘境」の一つに飛び込む。
そんなキャリアを選ぶ人は、決して多くありません。
立教大学を卒業した藤江開生さんは、就職活動の末に企業ではなく宮崎県椎葉村の「地域おこし協力隊」を選びました。
図書館司書として働きながら、村の記憶をアーカイブする「時おこす司書」という役割を担い、住民のライフヒストリーの記録や地域文化の継承に取り組んできました。
しかし、その活動の裏には、土砂災害の恐怖や地域との意識のギャップ、そして新卒だからこそ感じた葛藤がありました。
この記事では、藤江さんが秘境の地で見出した「山の課題」と、そこから生まれたキャリアの意思決定を紹介します。
※本記事の内容は2026年3月時点の情報です。
目次
「時おこす司書」として、村の記憶を未来へつなぐ
ーーー現在は、宮崎県の椎葉村で「地域おこし協力隊」として活動されているとのことですが、具体的にどのようなお仕事をされているのでしょうか。
メインの肩書きは「図書館司書」です。村の図書館で事務や窓口業務を行う一方で、私には「時おこす司書」という独自のミッションが与えられています。
2023年から活動を始め、地域おこし協力隊としての任期は3年間なので、2026年3月で任期満了となる予定です。
ーーー「時おこす司書」。素敵な響きですね。具体的にはどのような活動を?
簡単に言えば、村の資料のアーカイブや、住民の方々へのインタビューを通じた「ライフヒストリー」の収集です。
椎葉村には古くから受け継がれてきた豊かな文化や歴史がありますが、放っておけば消えてしまうものも多い。
そうした資料を掘り起こしたり、今を生きる方々の人生の物語を聞き書きして、展示や情報発信を行ったりしています。
ーーー図書館の枠を超えて、地域の記憶を編み直すようなお仕事ですね。
そうですね。他にも、大学時代に落語研究会に所属していた縁で、村で35年以上続く「子ども落語」の文化を守るためのプロジェクトも立ち上げました。
クラウドファンディングを実施して、プロの師匠を村に招き、子どもたちと共演するイベントを企画・運営したこともあります。
仕事とプライベートの境界線がほとんどないような、地域にどっぷりと浸かった3年間でした。
ハザードマップの「赤」が意味する、山の命の重み
ーーー藤江さんが椎葉村で活動する中で向き合ってきた「社会課題」について教えてください。
一言で言えば「中山間地域の維持」ですが、私が肌で感じたのはもっと切実な「命の危険」に関わる課題です。
東京にいた頃は、地方創生や過疎化という言葉をどこか記号的に捉えていた部分がありました。
でも、ここで暮らして最初に衝撃を受けたのは、台風の時の恐怖感なんです。
ーーー台風、ですか。都会とはそんなに違うのでしょうか。
全く違います。椎葉村のハザードマップを見ると、ほとんどのエリアが土砂災害の危険を示す「赤」で埋め尽くされているんです。
実際に巨大な台風が接近した際、村を通る国道がすべて通行止めになり、物理的に「孤立」する状況を目の当たりにしました。
ーーー国道が止まると、逃げ場も物流も断たれてしまいますね。
そうです。山が荒れることは、そのまま麓に住む人間の命に直結する。
獣害や土砂崩れといった問題は、決して他人事ではなく、生きる上での死活問題なんです。
日本の国土の約7割は山地だと言われています。
しかし、その山を守る人は年々減り、中山間地域の維持は全国的な社会課題になっています。
椎葉村での経験を通じて、私は「山の問題」は決して地域だけの問題ではなく、日本社会全体の問題だと実感するようになりました。
「東京脱出」から始まった、新卒での決断
ーーーそもそも、なぜ新卒で縁もゆかりもない秘境の地を選んだのでしょうか。
私は転勤族の家庭に育ったため、子どもの頃から全国各地を転々としてきました。
その後、大学進学と同時に地方から上京したのですが、自分には都会よりも地方の空気感の方が合っているという感覚があったんです。
大学生になって周りが東京の企業を目指して就職活動をする中で、自分の中にはどうしても「そのまま東京で就職する」という選択肢が描けませんでした。
だからこそ、一度東京を離れて暮らしてみたい。
そんな「ローカル志向」が、自分の進路を考えるうえでの出発点になりました。
ーーーそこから、どのように「地域おこし協力隊」に辿り着いたのですか?
3年生の冬に、二拠点生活をされている方にキャリア相談をしたんです。
そこで初めて「地域おこし協力隊」という選択肢を提示されました。
当時はまだ新卒で協力隊になるモデルケースは少なかったのですが、自分に何ができるかを考えた時、大学で取得した「司書資格」が浮かびました。
ーーー「司書 × 地域おこし」という切り口ですね。
はい。全国の募集を検索してみたところ、北海道と宮崎県の椎葉村が候補として見つかりました。
その後、椎葉村図書館の立ち上げに携わった職員の方の発信を見てみると、大学で学ぶなかで私が理想として思い描いていた図書館像にとても近いと感じたんです。
そこで、正規のルートを通る前に、Twitter(現X)のDMで直接連絡を取りました。
ーーーすごい行動力ですね。不安はありませんでしたか?
周囲からは「新卒で行って大丈夫か」と心配もされました。
でも、4年生の9月に2週間のインターンに参加したことで、村の空気感や職場の人間関係を確認でき、「ここならやっていける」と確信を持って意思決定できました。
「受け止める」ことで開かれた、住民との対話
ーーー藤江さんは、ご自身の強みをどう捉えていますか。
業務の一環で始めたポッドキャストを通じて気づかされたのですが、「聞き手としての能力」を褒めていただくことが多いです。
単に情報を引き出すヒアリングではなく、相手の言葉を最後まで聞き、噛み砕いて確認する「受け止める姿勢」です。
ーーー「受け止める」。それは、地域に入る上で重要なスキルになりそうですね。
本当にそう思います。特に椎葉村のような「秘境」では、外から来た人間が「都会の正解」を持ち込んでも誰も見向きもしません。
むしろ「おしゃれすぎて近寄りにくい」と感じられ、壁を作ってしまうことさえあります。
まずは自分を出す前に、その土地がどういう場所なのか、目の前の人が何を大切にしているのかを徹底的に受け止める。
その積み重ねが、信頼関係の土台になりました。
クラファンでの挫折と、「持続可能性」への気づき
ーーー活動は順調に見えますが、難しさや失敗を感じたことはありましたか。
クラウドファンディングによる落語イベントの時は、精神的に最も追い詰められました。
当日は記録的な大雪に見舞われ、出演予定だった子どもの家族に不幸が重なるなど、トラブルが続出しました。
スケジュール管理の甘さから周囲に迷惑をかけ、直接言われずとも、人々の態度から「無言の評価」を感じ取ってしまったり、そんななかでも手伝ってくださる皆さんの優しさがより辛さを増幅させましたね。
ーーーそれはかなり大変な経験でしたね。
はい。でも、その経験から大きな教訓を得ました。
勢いだけで突き進むのではなく、「持続可能な形」でなければ文化を守る意味がない、ということです。
保護者の方々の負担や、子どもたちの気持ちを置き去りにしてイベントを強行しても、それは一過性のエンターテインメントで終わってしまう。
自分の想いと地域のリアルのバランスをどう取るか。それは、今も続く大きな問いです。
「満足度80%、達成度30%」。任期の終わりに見えた次の道
ーーー3年間の任期を終えようとしている今、ご自身のキャリアに対する満足度と達成度はどれくらいですか。
満足度は80%、達成度は30%です。
ーーー満足度が高い一方で、達成度が30%と低いのはなぜでしょうか。
満足度が高いのは、この土地を選び、自分にできる限りのことをやり切ったという自負があるからです。
失敗も含めて、椎葉村での経験は私の血肉になりました。一方で達成度が低いのは、私が描いている「理想」が、もっとずっと先にあるからです。
ーーーその「理想」について、詳しく聞かせてください。
椎葉村を離れた後、まずは北海道で資金を貯める期間を設ける予定です。
その後、東京へ行き、「特殊な世界」で長期にわたる修行に入る決意をしました。
ーーー修行、ですか。それは今の活動とは全く別の道のように見えますが。
たしかに別の道に見えるかもしれませんが、私の中ではつながっています。
その世界では、修行に10年以上の長い歳月を費やすことが求められます。
しかし、一人前になった先で、私のルーツである北海道と、3年間お世話になった九州を拠点にした二拠点生活を実現したいと考えています。
大学時代の落語研究会での経験や椎葉村で暮らす中で、私は「文化や芸能が人を元気にする力」を何度も目の当たりにしました。
だからこそ今度は、自分自身がくまなく地域を巡り、修行で身につけた技を通じて人々にエネルギーを届ける存在になりたいと思っています。
ーーー「山の課題を伝える」ことと、「芸で地域を元気づける」ことが、藤江さんの中で一本の線になったのですね。
そうです。だからこそ、今の自分はまだ種をまいたばかりの30%。本当の挑戦は、これから始まります。
自分の違和感を大切にしてほしい
ーーー最後に、社会課題の道を志す学生へメッセージをお願いします。
新卒で地域おこし協力隊という選択を、私は無条件にお勧めするわけではありません。
一度別の場所で経験を積んでからの方が、より力を発揮できる人もいるでしょう。
でも、もしあなたが「今の場所に違和感がある」と感じているなら、その感覚を大切にしてください。
そして、どこか新しい土地に飛び込む時は、「郷に入っては郷に従え」の精神を頭の片隅に置いてほしいです。
自分の主張を通す前に、まずはその土地の文化や流儀を、自然体で受け止めてみる。
その土地に馴染もうとする努力は、決して自分を殺すことではありません。
むしろ、自分を土地に委ねてみることで、自分一人では決して辿り着けなかった「本当の課題」と、それを解決するための「自分だけの武器」が見つかるはずです。
私自身の選択に、後悔はありません。
迷いながらでも、自分の実感を信じて一歩踏み出してみてください。

この記事の監修者
吉田宏輝
COCOCOLOREARTH代表、社会活動家。
COCOCOLOREARTHでは、社会課題解決を軸にした就職・転職活動を支援するインタビューメディアの代表として、100人以上の社会活動家にインタビュー、記事執筆やイベント登壇などを行う。
