今回は、社会的養護施設の職員不足の問題に取り組む、NPO法人チャイボラ代表理事の大山さんにインタビューをしました。

NPO法人チャイボラは、社会的養護施設の職員不足の解消のために、職員の確保と定着に取り組む日本で唯一の団体です。

なぜ、NPO法人を立ち上げることになったのか、どのような想いで運営をしているのか、大山さんのキャリアを取材しました。

施設の職員不足を解決する

―――現在はどんな活動をされていますか? 

子どもの貧困や虐待などを背景におうちで暮らせない。そんな子どもたちを受け入れる極めて重要な施設が、児童養護施設を含めた「社会的養護施設」です。社会的養護施設において暮らす子どもは日本に約3万5千人います。

子どもたちは施設で生活をしていて、そこから学校に通ったりもしています。

現在、施設の多くが「職員不足」という課題をかかえています。1人の職員が約20人の子どもを見ている時間が大半という施設もあります。ワンオペという言葉も浸透しているので、どれだけ大変か想像がつくでしょうか。

このような状況では、職員にどんなに想いがあっても、子どもたち一人ひとりに出来ることに限界がでてきます。NPO法人チャイボラは、社会的養護施設の職員不足の解消のために、職員の確保と定着に取り組む日本で唯一の団体です。施設での就職を目指す人と施設をつなぐ社会的養護総合情報サイト「チャボナビ」の運営や施設見学会のサポートなどを実施しています。

また、コロナ禍によって施設職員の職場環境がより過酷な状況となってしまいました。そのため、現役職員の離職を防ぐことを目的に「人材定着事業」として相談窓口や研修会の活動も行っています。


原点は父の仕事

―――社会課題に関心を持った原体験やきっかけを教えてください。

私の父は小さな個人塾を経営していました。

その塾では、学校に馴染めない子、他の塾で見てもらうことができないと言われた子、知的に遅れがある子、さらにはネグレクト家庭の子など、さまざまな特性や家庭環境の子どもたちも受け入れていました。そんな環境で育った私は、家庭環境やそこでの学習環境に強く興味をもつようになりました。

幼児期の家庭環境に興味をもった私は、(株)ベネッセコーポレーション・こどもちゃれんじ事業部に入社。 マーケティング部の所属になり、多くの家庭を訪問し、多様な親子関係を見ました。

入社8年目のある時、教材をリニューアルする際に廃棄されていることを知り、児童養護施設で働いていた知人に寄付ができないか問い合わせました。寄付なので当然喜ばれるだろうと思っていた私でしたが、返ってきたのは「ほしいのは物じゃなくて人」という言葉でした。

基本的にはひとりで8名を見る時間帯がほとんどで、2人体制になることはほぼない。重度の育児放棄という環境で育ち、トイレで用を足す習慣がない子もいれば、中高生は荒れていて毎日が必死とのこと。「そこに進研ゼミの教材が毎月送られてきても誰も見れないよ」と。

衝動性が強い私は1週間後に退職届を提出。

職員が足りないのであれば私がなろうと思い、保育士の専門学校に入学しました。


大手企業のマーケティング部から保育の専門学生に

―――専門学生時代にはどのようなことに取り組みましたか?

保育士の専門学校(夜間)に通いつつ、児童養護施設でアルバイトを始めました。その時は、一刻も早く施設職員になりたいと思っていましたが、ある事実に行き当たりました。

社会的養護に関する授業を受けて施設職員になることを希望していたクラスメイトたちが、年末には全員が進路希望を変更してしまったのです。私は、クラスメイトの力も借り、他大学も含め総勢158名の学生にヒアリングをしました。

一度は社会的養護の施設へ就職を検討したが他業界へと希望を変えてしまった理由。

それは「施設の情報が得にくい」というものでした。

社会的養護の施設の情報は他の子ども領域の仕事に比べて極端に情報が少なく、ホームページすらない施設も多く、SNSでの発信もない、企業等では当たり前の就職説明会がなかったのです。「ここを打破できれば採用を伸ばせるのではないか」そう思ったのが、後のチャイボラの誕生へとつながっていきます。

※施設と求職者をつなげるプラットフォーム「チャボナビ」


大切なのはニーズを明確にすること

―――大切にしている考えや価値観を教えてください。

活動を行う中で大事にしていることは、対象としている人たちを深く理解すること。いわゆるニーズ理解をとことん追求することです。

チャイボラの活動をはじめる前には、158人の学生にヒアリングをしました。私自身、今も児童養護施設の職員として現場で働いていますし、チャイボラのメンバーの半数が現役または元施設職員で構成されています。

そして、活動の中でたくさんの全国の施設職員と膝を突き合わせて、ヒアリングや議論をしてきました。新しい活動をはじめる前には徹底的な調査も行います。ニーズが本当に明確になれば、必要とされ、広がっていく事業を実施できます。

そして、いちばん大切にしている価値観はチャイボラの掲げる「子どもたち一人ひとりが大切に育てられる世の中を目指す」というビジョンに常に立ち返る意識を持ち、ぶらさないことです。

―――社会課題解決において、これまで苦労した体験や経験はありますか?

社会的養護施設は、人材不足に悩んでいるにも関わらず、外部に頼ることに抵抗を示し、信頼または実績がないと連携に至らない施設も多くあります。

そこを打破するために、代表である私自身が今も施設職員として働き、同時にチャイボラのスタッフには元施設職員を採用していきました。それにより、施設職員の心情と状況を理解したアプローチが可能になり、施設からの信頼を得ていきました。

また、徹底的に足を運び対話を重ね、時にはぶつかることもありながら、全ての事業をここまで施設の職員と共に作り上げてきました。だからこそ、プロダクトの利用者が増え、発信情報が濃厚になり、施設から必要とされるまさにニーズをついた事業をつくり上げることができたと考えています。

4年目の2022年には厚生労働省「令和4年度 社会的養護施設魅力発信等事業」に採択され、全国の施設からのチャボナビ登録依頼が殺到している状況です。社会的養護の施設からの信頼を地道に積み上げてきた団体だからこそ、たくさんの人々に支えられ、ここまで来れたと思っています。

また、施設から対価を得ることが難しい事業のため、ボランティアや寄付をベースとして活動をしてきました。

しかし、子どもへの直接支援でないため、一般の方からの共感や寄付等を得ることが難しく苦労してきた部分でもあります。今後は、全国に展開して安定的に活動を続けるためには寄付等の増加を目指していきたいです。

子どもたち一人ひとりが大切に育てられる社会を目指して

―――理想とする社会となぜそこに自分が関わりたいのかを、教えてください。 

チャイボラのミッション「子どもたち一人ひとりが大切に育てられる社会」を目指しています。子どもたちにとって一時的に「大切にされる」のではなく「大切に育てられる」社会であることが重要と考えています。

この活動を通して、様々な大人に出会ってきました。人生をかけて子どもたちやその周りにいる大人、環境の最善を考え日々奮闘する職員に、これだけ多く出会えたことは言葉にできない喜びがあります。 チャイボラはサポートする、施設はサポートされるという関係ではなく、同じ方向を見て同じ目標に向かって子どもたちの最善の利益を追求していきます。

そして、同時に自分自身が今も児童養護施設の職員として働くなかで、子どもたちと関わってきました。いつも感じることは、職員があと一人いれば子どもたちのためにできることがあるということ。その想いで関わっています。

―――最後に社会課題解決の道を志す学生へメッセージをお願いします。

子ども関係や福祉関係、教育関係などの子どもに関わる職業に少しでも興味がある場合は、施設職員にならないとしても、社会的養護のことを正しく理解することはとても重要なことと考えています。なぜなら、あなたが関わる子どもたちの中には、社会的養護の対象となる子どもやその可能性のある家庭と関わることがあるかもしれないからです。

チャイボラでは、無料で参加できる施設見学会や現役職員と関わる座談会も設けています。また、チャボナビにはいろんな施設の情報が満載です。ぜひお気軽に閲覧・ご参加いただければと思います。