今回インタビューさせていただいたのは、アジアを中心に無形文化遺産保護のプロジェクトを企画している、大貫美佐子さん。

第二弾となる今回は、さまざまな地域と関わる中で、大貫さんが大切にしていることをお伺いしました。

プロフィール

大貫美佐子(おおぬきみさこ)
東京外国語大学を卒業、財団法人ユネスコ・アジア文化センター(ACCU)図書開発課に勤務、アジア人のためのアジアの言語による教材開発事業を担当。その後同センター文化協力課長として、2003年にユネスコ総会で採択された「無形文化遺産の保護に関する条約」の普及活動にユネスコ本部とともに従事。また日本女子大学講師として社会に出るための自己表現の講座を担当。2011年より独立行政法人国立文化財機構アジア太平洋無形遺産研究センター(IRCI)副所長・研究室長として、アフガニスタンやフィリピンなどを中心に、紛争後の地域で消滅の危機に瀕する無形文化遺産の復興プロジェクトに従事した。2021年より、NGO“LHN”代表。

現地の問題は、現地に落ちている

ーーーさまざまな発展途上国の復興に携わるなかで、印象に残っていることはありますか?

その国の状況は、書籍や論文などの情報と、現地で集めた情報の両方向で確認することです。文字情報のみで、その国の問題を分かった気になってはいけない、ということでしょうか。

私自身は、プロジェクトを立ち上げる際に気を付けていて、いつも終わってみたら支持されていた、引き続きやりましょう、と声が上がるプロジェクトを立ち上げたいと思っていて、そのために、国内外の関連書籍を集めて分析し、それから現地で色々と調べたりしました。

ときに後者の方では、見えなかった具体的な課題が見えてきます。そのことは忘れてはいけないんだと思います。

ーーーどのようにして、そのズレに気付かれたんでしょうか?

財団法人ユネスコ・アジア文化センターに勤めているとき、フィリピンの出版に関するプロジェクト立ち上げのため、現地調査に行ったことがあったんです。

フィリピンの出版業界が抱える問題に対して、日本の出版業界がどのような支援をできるのか、という調査ですね。

事前の調査をした上で現地に行き、関係者と議論を交わして、この国の課題は流通に関することだな、という結論になったんです。

支援としては、日本の事例を共有するための研修とそのための予算化でいこうと。報告をまとめていたとき、本当にたまたま、フィリピンで活動している画家の人と話す機会があったんです。

私は出版に関する調査でフィリピンに来ていて、こういう問題があると思うんだよね、って。
そういう話を伝えていたら、彼が「なぜ?」みたいな変な顔をして……。

ーーー変な顔?

「あなた、フィリピンの出版に関する本当の深刻な問題を知ってるの?」って言われたんですよね。それが流通の問題じゃないの? と伝えると「あなたは、フィリピンの本屋や図書館には行きましたか?」って尋ねられたんです。

「行けば本当の問題が分かると思います」と言われたので、その足で本屋と図書館に行ってみました。そこで衝撃的だったのは、並べられている本のほとんどが英語圏からの輸入書だったこと。フィリピンの言葉で書かれた本がない。いや、片隅に申し訳なさそうに、コーナーがあって、そこにあったのです。

特に、子供向けの本や教科書は9割方が外国のもの。フィリピンの言葉で書かれたものが並べられていない。フィリピン人による、フィリピンの言葉で書かれた、フィリピン人のための本が、全くと言っていいほどなかったのです。

あぁ、これが本当の深刻な問題なんだ!、とその時気付きました。

でも当時も英語で教育を受け、話すことに価値感が存在したため、なかなかそのことを指摘する人はいなかった。

ーーー現地を見ることでしか気付けないことがあったんですね。

本当の問題に気付いたとき、愕然としましたね。

私は何をしていたんだろう、って。それから糸を手繰り寄せるように、私はこの国でタガログ語、イロカノ語などフィリピンの言葉で出版を始めた一人の作家であり、フィリピン大学の教授であり、NGOの代表である人物に出会います。

ビルヒリオ・アルマリオ氏です。昨年まで彼はフィリピンの文化庁長官にあたる職について、活動を続けて、私の活動のよきパートナーでした。

ところで話は戻りますが、フィリピンに行く前から勉強はしていたし、関係者と議論も交わしていた。なのに、本質的な問題には、全く気付くことができなかった。

現場を歩かないとわからないことがあるんだ、その国の課題を本当にわかっている人と話さないと見えてこないものがあるんだ、と学ぶことができた経験です。

この経験から、自分の活動における指針ができましたね。現場と関わって、そこで得た気付きからプロジェクトを進めていきたい。そう思うようになりました。

市場経済の導入が始まったハノイにて、地元出版社の編集者たちと打ち合わせのあとで。


文化は1つじゃない。多様性を伝えることの大切さ

ーーー文化保全の活動をするなかで、気を付けている点などはありますか?

意識しているのは、文化は豊かさと共に、危うさも含んでいるということですね。両面があることは忘れたらいけないと思っています。

ーーー危うさ、ですか。

文化をめぐる活動って、争いに発展する可能性もあるんです。

ですから無形文化遺産条約では、多様性の保護を訴えており、相互に理解しあうことの重要性をと伝えています。

世界遺産をめぐっては様々な紛争が起きていることも事実ですので、民族が継承してきたものをめぐって争いに発展することのがあってはならないのです。

例えば、とある地域の文化保全の支援をしていたとしますよね。そのとき、現地の人に「あなたがたの文化は素晴らしい」と伝える。それ自体は間違っていません。

危うさが生まれるのは、自分たちの文化“だけ”が優れていて素晴らしい、と歪んだ考えになったときなんです。

この考えは、自分たちの文化保護にとどまらず、他の文化との衝突を生んでしまう。

一種のナショナリズムですね。

ーーー自分たちの文化だけ、となると、争いが生まれてしまう。

そうならないよう、文化保護の活動の際にはいろんな地域の事例を伝えるようにしています。

アフガニスタンで無形遺産を保護するときも、ハザラ人、パシュトーン人、タジク人だけでなく、日本の事例やトルコ、インドの事例を共有する。

若い学生はそのためにも外の世界に身を置いて、経験を積む必要があります。

私が女子の大学生をプロジェクトの中心におくのは、その意味でも重要だと考えています。

共有することで、自分たちの文化に閉じこもらずに済むんです。他の地域の人々も、同じように祈りを捧げていると理解できたら、他の文化も素晴らしいと思えるじゃないですか。

なので、文化保護活動をするときは、先頭に立って引っ張るのではなく、黒子のような役割に徹するんです。

黒子の立ち位置から、補助的にさまざまな地域のことを伝える。こういう事例もあるんだよ、と多様性を伝えることは意識しています。

ーーー次回予告

文化は、国や地域にとって重要。だからこそ、その保全活動に関わる際にも困難があるのだとお話いただきました。

次回は、国際協力を仕事にしたい人への、大貫さんからのメッセージを中心にお伝えします!

言語はツールにすぎない。国際協力をするなかで大切なこと~アジア太平洋無形遺産研究センター 大貫美佐子~