自然との調和を目指して地域で活動をする、ゲストハウス・イロンゴ代表の倉田麻里さん。

第二弾では、学生時代からフィリピンでNPOの駐在員をした経験、現在に至るまでの経緯についてをお伝えします。

プロフィール

倉田麻里 ゲストハウス・イロンゴ代表

大学時代、森林ボランティアの活動をしながら林業の現場を学ぶ。
その後、環境NPOイカオ・アコの現地駐在員として、フィリピンネグロス島に9年間駐在。
現地で植林活動を推進しながら、国際協力研修センターやオーガニックカフェなどのソーシャルビジネスを立ち上げる。
その後、地元の少子高齢化に危機感を持ち2017年に帰国。2人の子どもを育てながら、地域の交流拠点にするため2019年にゲストハウス・イロンゴをオープン。
同年に白山町の地域活性化推進を目的としたLanding in HAKUSANを立ち上げた。
さらに、2021年に地域のシェアスペース、ハッレ倭(やまと)をオープンした。

大学、大学院時代の活動

ーーー学生時代、特に力を入れていたことは何ですか。

大学生の頃は、森林ボランティアの活動に力を入れていました。

私は森林科学を専攻していたのですが、理論だけでなく実践から学びたいと思い、ボランティアに参加しました。

月2回ほど山間部に通い、地域の林業家の方々と一緒に木の伐採や除草作業、枝打ちなど、山の手入れをしていました。

放置しておくと、植林した木の葉によって林の中に光が入らなくなり、林の中の小さな木々が死んでしまうので、森の多様性を保つためにも、山の手入れは大事な作業なんです。

ーーー木々がなくなると、どのような変化が起こるのでしょうか。

多様な木々の葉が生い茂っていない森に大雨が降ると、雨の勢いで土が流されやすくなります。

その結果、土砂崩れや洪水が起きやすくなり、近隣住民に被害をもたらす危険性があるのです。

街と山は遠く切り離されているように感じますが、実際は私たちの暮らしと密接に関係しています。

健康な山は、私たちに必要不可欠な酸素を生み出してくれます。

それだけでなく、土の養分を含んだ雨水が海へ流れることで海中のプランクトンが増え、巡りめぐって海の生態系も支えているのです。

その繋がりを学んでいたので、「植林した木も、そうでない木も、光を分けあって元気に育つように」と思いながら手入れをしていました。

山仕事以外にも、伐採した木を有効活用するため木工や炭作りにも挑戦しました。

森林ボランティアで経験した全てのことが、フィリピンでも役に立ったと思います。


フィリピンでの活動について

ーーー就職先として、フィリピンのNPOイカオ・アコを選んだ理由は何ですか。

駐在員募集をしている団体の中で、自分の関心に一番合っていたからです。

植林や森林保護の活動ができて、自分の得意な語学力や山仕事の経験も活かせると思いました。

旅行も好きなので、スタディツアーのコーディネートができることも魅力でしたね。

また、就職先を探す前にフィリピンには旅行で2回訪れたことがありました。

大学院の研究室にいたフィリピン人留学生と仲良くなり、最初はその子の実家にホームステイさせてもらいました。

2回目はダイビングのライセンスを取るためにパラワン島へ。

そういった経験からフィリピンが好きになり、イカオ・アコを選ぶ後押しにもなりました。

ーーーイカオ・アコでの活動内容を教えてください。

最初は、JICAの「草の根技術協力事業」のプロジェクトマネージャーとして、フィリピンのネグロス島南部でマングローブ植林を行いました。

次にイカオ・アコ独自の活動で、近隣地域で植林活動をしたり、他に植林できる場所がないかリサーチしたりもしていました。

植林以外にも、住民向けに苗木の育て方の指導や、スタディツアーのコーディネート、フェアトレード商品の仕入れと輸出業務、オーガニックカフェの立ち上げなど、幅広い業務を経験させていただきました。


フィリピンでの経験と現在の生活の繋がり

ーーーフィリピンでの経験や繋がりは、現在どのように活かされていますか。

ゲストハウスの特徴としてフィリピンを全面的に打ち出しているので、フィリピンが好きな人がたくさん来てくれます。

「イロンゴ」という名前も、私たちが住んでいた西ネグロス州の言語や文化、民族を意味しているんですよ。

ゲストハウスをオープンするときには、当時、年間4~5回渡航していたフィリピンでの活動にも興味を持ってもらい、さまざまなメディアに取材をしていただきました。

その情報を見て遊びに来てくれる人も増えましたね。

海外出身の人や国際結婚の人も来てくれて、地域の子どもたちとも触れ合う機会を作って交流の輪を広げています。

今年はハッレ倭も完成したので、今後はそちらのシェアスペースも活用していきたいですね。

ハッレ倭に来てくれる方々は津市に住んでいる人が多いので、都会と田舎に暮らす人たちの接点にもなれたら嬉しいです。

ーーーフィリピンから帰国する際に不安を感じることはありましたか。

フィリピンの暮らしはすごく自由だったので、帰国前は日本の暮らし方に合わせられるか少し不安でした。

今でも生活の仕方や価値観に多少のズレはあると思いますが、自分たちの想いを発信することで、同じ想いを持つ仲間にも出会い、楽しく生活できています。

完全に日本の考え方に合わせるよりも、海外で暮らした経験を活かして、新しい価値観をもっと多くの人に伝えていけたらいいなとも思いますね。

「Think Global, Act Local(地球規模で考え、足元から行動する)」の精神で、大きな視点を持ちながら、この場所で人と自然が調和する社会を目指して活動していきたいです。

ーーー具体的にはどのような価値観を伝えていきたいと思いますか。

たとえば、地元の若い世代には農業や田舎の生活に興味がない人も多いと思います。

しかし、都会からわざわざ農業体験をしに来る人を見て、「田舎の暮らしも悪くない」ということに気づいてもらいたいです。

従来のビジネスのように需要のあるものを売っているわけではないですから、まずは価値に気づいていない人たちに伝えていかなくてはなりません。

それが難しくもあり、面白いところでもありますね。

最近は世界中で環境問題が深刻化しているため、多くの人が関心を持つようになってきました。

これからは環境に負荷をかけない暮らし方も重要視されていくと思います。

今すぐに理解されない価値観だとしても、諦めずに発信していきたいですね。

フィリピンのNPOでも、目の前にある課題の新しい解決方法を提案し、試行錯誤しながら実施していました。

その経験が、今のソーシャルビジネスにも活かされていると感じます。

次回予告

学生時代に経験したこと、そしてフィリピンで培ったもの全てが今の活動に役立っていると語る倉田さん。

お話の中で、彼女の一貫した情熱が次への道を切り開いていったように感じられました。

次回は、今後の展望や就職活動をする上でのアドバイス、さらに有機農業を気軽に体験できる方法も教えていただきます。

お楽しみに!

ライタープロフィール

安果(やすか)
発達障がい児支援士。フリーライター。
過去に保育施設コンサルの営業、マッサージセラピスト、コピーライター、旅行業などを経験。
2011年から国内外の孤児院やNGO団体、戦争跡地、フェアトレードタウンなどを巡る。
海外放浪・就労を経て2021年より地元愛知にUターン。