今回は、荒井昭則さんにインタビューしました。

荒井さんは現在、寄付プラットフォームを運営するITベンチャー企業で働きながら、NPO法人コンフロントワールドの代表理事として「不条理の無い世界の実現」に向けて活動されています。

リクルートからキャリアをスタートし、医療IT系ベンチャーを経て、現在の環境へと至るまでの変遷には、一体どのような葛藤や決断があったのでしょうか。

NPO代表と民間企業という「二足のわらじ」を履きながら、社会課題に立ち向かい続ける荒井さんのリアルな想いと、キャリアを通じた自己研鑽の哲学に迫ります。

本記事では、荒井さんのケニアでの原体験から、就職活動における迷い、そして燃え尽きそうになった経験まで、等身大のキャリアストーリーをお届けします。

 

NPOと民間企業、異なるアプローチで社会課題に挑む

ーーーまずは、現在の荒井さんの活動内容について教えてください。

私は今、寄付プラットフォームなどを運営するITベンチャー企業で働きながら、副業としてNPO法人コンフロントワールドの代表理事を務めています。

本業の会社では、プラットフォームを運営する部署に所属し、営業や企画、マネジメントなど、部署運営に関わるあらゆる業務を横断的に担当しています。

一方でコンフロントワールドでは、組織全体の経営戦略の考案から、ウガンダやタンザニアでの現地活動の企画、さらには寄付者への対応といった細かな実務まで、ほぼすべての意思決定と実務を担っています。

二つの異なる組織に所属しながら、それぞれの領域で価値を出せるように日々試行錯誤しています。

ーーーNPOと民間企業、全く異なる性質の組織で同時に活動されているのですね。

そうですね。

NPOは市場原理ではないアプローチで社会課題の解決を目指す組織であり、民間企業は市場経済の中で事業を拡大させながら社会を変えていく組織です。

私としては、この両方の側面から社会課題にアプローチできる人間になりたいと考えて、今の働き方を選択しています。

「不条理の無い世界の実現」を目指して

ーーーコンフロントワールドでは、具体的にどのような社会課題に向き合っているのでしょうか。

私たちが目指しているのは、「世界中の人の生活と権利が保障され、誰もが自分で未来を決められる社会」、つまり「不条理の無い世界の実現」です。

日本にいれば、生きるための基本的な権利は当たり前のように享受できます。

しかし、世界を見渡せば、その当たり前が保障されていない環境で生きている人々がたくさんいます。

十分な食料がない、衛生的な水が飲めない、教育を受けられないといった、生まれた場所や環境による「不条理」が存在しているのです。

私たちは、そういった不条理を解消し、現地の人々への具体的な貢献を行いたいと考えています。

ーーー日本国内における課題についても取り組まれているとお聞きしました。

はい、海外の支援だけでなく、日本国内においても「キャリアの選択肢が増え、自分のやりたいことを諦めない人が増える社会を作りたい」という思いがあります。

社会貢献活動や国際協力に関心があっても、就職や生活の不安から諦めてしまう若い世代は少なくありません。

そういった人たちに対して、一つのアプローチに固執するのではなく、多様な働き方があることを示したいです。

本業を持ちながら副業としてNPOに関わるという私自身の働き方も、その選択肢の一つになればと思っています。

ケニアで突きつけられた、死という現実

ーーー荒井さんがそのような社会課題や国際協力に強く関心を持つようになったきっかけは何だったのでしょうか。

大学時代に経験した、強烈な無力感と自責の念が原体験になっています。

私は大学3年生が終わったタイミングで1年間休学し、世界一周のボランティアの旅に出ました。

その旅の途中、ケニアの孤児院でボランティアをしていた時のことです。

そこで親しくしていた子どもが一人、亡くなってしまったのです。

その出来事は、私にとって本当にショックでした。

ーーー親しくしていた子どもが亡くなるというのは、言葉にならないほどの悲しみですね。

「自分がもっと早く来て支援していれば、あるいはお金や食べ物を渡していれば、この子は救えたかもしれない」と、強烈な自責の念に駆られました。

日本に生きていれば当たり前に享受できるはずの「生きる権利」が、ここでは全く保障されていない。

そんな不条理な現実を目の当たりにして、「絶対にこんな世界にしたくない」という強い覚悟を持ちました。

それが、社会課題を「自分ごと」として強烈に意識した最初の出来事です。

ケニアでの様子ケニアでの活動中

ーーーケニアでは、他にもご自身の価値観に影響を与えるような出会いはありましたか。

ケニアのタクシードライバーとの出会いも非常に印象的でした。

彼らはとても貧しい環境で生活しているにもかかわらず、自分の仕事に強い誇りを持ち、生き生きと語っていたんです。

「俺はこういう仕事をしているんだ」と目を輝かせて話す姿を見て、日本との大きな違いを感じました。

日本に帰ってきて就職活動のイベントに参加すると、会社のアピールばかりで、自分の仕事を楽しそうに語る大人が驚くほど少なかったんです。

そのギャップに違和感を覚え、「働く環境を整え、誇りを持って生き生きと働く人を日本でも増やしたい」と思うようになりました。

ーーーその思いが、最初の就職先選びに繋がっていくのですね。

そうですね。

加えて、私自身の父親の経験も大きく影響しています。

私の父は、かつて過酷な環境で働いていて家庭環境もあまり良くなかったのですが、環境の良い職場へ転職したことで家庭の状況が劇的に好転したんです。

その経験から、職場環境というものが人の人生や家庭にいかに大きな影響を与えるかということを身をもって実感していました。

だからこそ、採用や働き方に深く関わる業界を軸に就職活動を進めることにしました。

自由な風土を求めてリクルートへ。そしてベンチャーへの転職

ーーー就職活動を進める中で、迷いや葛藤はありましたか。

はい、かなり迷いました。

最初は国際協力の道を考えて、JICAや経済産業省といった公的機関も検討していました。

公的機関は、国単位の大きな仕組みを動かせる素晴らしい役割を持っています。

しかし、実際に説明会やイベントに足を運んで対話を重ねるうちに、自分自身の「手触り感」を大切にしたいという気持ちが強くなりました。

制度や知識を重んじる公的な立場よりも、もっと現場に近いところで、自ら泥臭く動くプレーヤーとして課題を解決する人間になりたかったんです。

その想いが強くなったため、最終的に民間企業からのアプローチを選択することにしました。

ーーー最終的に新卒でリクルート(当時のリクルートキャリア)を選んだ決め手は何だったのでしょうか。

最終的には別の人材企業と迷っていたのですが、面接や内定者懇親会で出会った先輩たちの存在が決め手になりました。

リクルートの先輩たちは、仕事の話のみならず、「将来地元に戻ってこういう事業をしたい」「レースクイーンをしながら働いている」といった『生き方の話』を面白く語る人が圧倒的に多かったんです。

自由で個性的で、自分らしく生きる人が多いリクルートのカルチャーが、私には合っていると感じました。

リクルートで働いたその後、父親の病気をきっかけに医療分野への貢献を志し、医療IT系ベンチャーへ転職しました。

現在は、自分がユーザーとして当事者意識を持てる環境を求めて、寄付プラットフォームを運営する今の会社に身を置いています。

当事者意識と、生き残るための「個人の習慣」

ーーーキャリアの選択において、荒井さんが大切にしている価値観や基準は何ですか。

明確な基準として持っているのは、「自分の中で明確な当事者意識が持てる仕事かどうか」です。

自分がユーザー目線に立てない、心から共感できない事業では、本当の意味で力を発揮できないと気づきました。

もう一つのリアルな条件としては、「年収を下げないこと」です。

現実的な生活基盤を崩してまで無理な挑戦をするのは違うと考えています。

ーーーご自身のキャリアを振り返って、後悔している判断などはありますか。

キャリアの選択そのもので後悔していることはありません。

転職した直後は「前の会社の方が良かったかな」と一瞬思うこともありますが、「10年後の自分から逆算した時に、この経験を積んだ方が絶対にプラスになる」とポジティブに捉えるようにしています。

ただ、大学生の時の振る舞いについては、少し苦い記憶があります。

当時の自分は、身の丈に合わない無理をして「国際協力をガッツリやりたい」と周囲に見栄を張ってしまい、自分に嘘をついて苦しくなっていた時期がありました。

ーーーもし当時の自分にアドバイスするとしたら、何と伝えますか。

「変に自分に嘘をつかないでほしい」「見栄を張らずに素直なラインを提示することが大事だ」と伝えます。

国際協力や社会課題への関わり方には、人それぞれグラデーションがあって当然です。

周囲からの期待に応えようとしたり、無理にかっこよさを求めたりする必要はありません。

自分の本当にやりたいことや、自分の性格の延長線上に、自分なりの関わり方を模索してほしいですね。

コンフロントワールドでのMTGの様子

ーーー荒井さんは、キャリアにおいて「個人の習慣」を非常に重視されているとお聞きしました。

はい、組織という枠組みがなくなったとしても、個人として勝ち残るための「戦闘力」をコツコツと高める思考法が重要だと考えています。

具体的な専門スキル以上に、トップ層が実践している「徹底した時間管理、健康管理、読書」といった「アスリート的な習慣」の重要性に気づきました。

例えば、イーロン・マスク氏の5分刻みのスケジュール管理や、プロ野球選手が移動中も常に本を読んでいるといった習慣です。

私もほぼ毎日走るようにしていますし、睡眠を計測して体調を管理しています。

会社という枠組みや肩書きがなくなった状態でも、個人の「習慣」や「向上心」こそが、変化の激しい環境下で生き残り、社会課題を解決するための根本的な原動力になると考えています。

燃え尽きそうになる自分との向き合い方

ーーー本業とNPOの代表を両立させる中で、リアルな難しさを感じるのはどのような時ですか。

やはり「自分の時間管理」が最も難しいですね。

本業に重きを置くとNPOにかける時間が削られてしまいますし、逆にNPOのことを考えると土日も常に頭から離れなくなります。

かといって、寝る時間を削って無理をすると体を壊してしまうため、そのバランスを取ることには常に苦労しています。

ーーー活動を続ける中で、モチベーションが下がったり、燃え尽きそうになったりした経験はありますか。

燃え尽きることは何度もありますよ。

NPOの活動でも、圧倒的な実績を出している「すごい人」と自分を比較してしまう時に、限界を感じて燃え尽きそうになります。

メディアに取り上げられる方々の活躍を見ると、「自分は頑張ってもああいう風にはなれないな」と感じてしまうんです。

ーーーそのような燃え尽きに対して、どのように対処しているのですか。

「新しい着火剤を探す」ことを意識しています。

具体的には、圧倒的な実績を持つ経営者の伝記やインタビューを読み、「彼らなら今どうするだろうか」と考えます。

そうすることで自分の悩みをちっぽけなものに変換し、向上心を維持するようにしています。

また、意図的に「完全に何も考えないオフの時間」を作ることも、重要な対策です。

多様な働き方で、社会により大きなインパクトを

ーーーこれからのキャリアビジョンや、実現したい社会像について教えてください。

個人としては、社会課題を多角的に解決できる人間であり続けたいです。

直接的な支援を行うNPOとしてのアプローチと、ビジネスの仕組みで社会を良くする民間企業としてのアプローチ。

その両輪を回しながら、地域や世界が抱える具体的な課題を一つずつ解決していきたいと考えています。

ーーーコンフロントワールドとしての展望はいかがでしょうか。

コンフロントワールドを、いわば「プロボノ版のユニセフ」のような、専門性を持った人々が力を発揮できる組織へと成長させていきたいですね。

そして私自身、35歳前後のタイミングでは、今の役割にとどまらず、さらに一段ステップアップした関わり方をしていきたいと考えています。

その中で、代表を担えるメンバーを育てていくことで、組織全体の力を高めていきたいと思っています。

NPO業界では40代でも「若手」と言われることがありますが、だからこそ、もっと若い世代が中心となって、新しい風を吹き込んでいく必要があると感じています。

一つのアプローチに固執せず、本業を持ちながら社会貢献にも全力で取り組む。

そんな多様な働き方を私自身が体現し、広めていくことで、結果として社会により大きなインパクトを生み出していきたいです。

ケニア集合写真建設した貯水タンク前で村の皆さんと

人生の20%でもいい。まずは自分らしい一歩を踏み出して

ーーー最後に社会課題の道を志す学生へメッセージをお願いします。

これからキャリアを歩んでいく中で、悩みや不安が消えることは、どのフェーズに行ってもありません。

10年前も、今の私も、抱えている不安の中身は違っても「悩み続けている」という点では同じです。

だからこそ、皆さんに伝えたいのは「やらない後悔より、やる後悔」を選んでほしいということです。

頭でいくら考えても、実際にやってみなければ分からないことがほとんどです。

まずは小さくてもいいから、行動を起こしてみてください。

「百聞は一見に如かず」という言葉の通り、現場でしか得られない手触り感が、必ずあなたの指針になります。

ーーー社会貢献を仕事にすることに、ハードルを感じている人も多いかもしれません。

国際協力や社会課題解決に、自分の人生の100%を捧げる必要はありません。

趣味を楽しみ、本業でしっかり稼ぎながらでいいのです。

自分の人生の「20%」だけでもいいから、その時間を全力で社会のために使ってみてください。

「社会貢献か、ビジネスか」と二者択一で悩む時代は、もう終わりました。

自分のやりたい形で、無理のない範囲で関わり続けること。

その一歩の積み重ねが、誰かを笑顔にし、救われる命へと繋がっていきます。

皆さんが自分らしい形で社会と関わり、最初の一歩を踏み出せることを、心から応援しています。

村の少女と