自立は、1人で頑張ることじゃない
職場で学び、自分なりに子どもたちとの関わり方を工夫しても、現状はすぐには変わらなかった。それどころか、セナの状態が悪化していくこともあった。
薬が合わないのか、寄り添い方がダメなのか。次々に問題が起こり、毎日が必死だった。
サリアの心が乱れると、セナの発作が強く出たり、リコの言動が荒れたりすることも多くなる。夫も睡眠不足や喧嘩が続いて追い詰められると、「この子さえいなければ」という気持ちになってしまう。
「セナをどこかへ預ければ、楽になるのかな」と、サリアは考えた。家にいても外出しても楽しめず、家族から笑顔が消えてしまった。疲れ果てて夫婦関係まで悪化していく。そんな中で、自分はどうしたいのかを考え続けた。
家事をする気力もなく1日中ベッドに横たわっているとき、サリアは1つの答えに行き着いた。
「みんなで一緒に暮らすことを選んでいるのは、私だ。セナとリコのためでも、義務でもなくて、私の幸せのためにやっていることなんだ」。
サリアは生まれてすぐに父親を亡くしたため、家族揃っての団欒をしたことがなかった。そんなサリアにとって、今の家族で過ごす時間がとても大切なものだったと気が付いた。
「結局、私が変わるしかない」。
まずは今抱えている問題を整理して、それから夫と話し合い、「大声で怒鳴らない」「子どもたちの前で喧嘩しない」などのルールを作った。完璧にできなくても、意識するだけで少しは変わるような気がした。
学校の書類を書いたり、子どもたちを病院に連れて行ったり。セナの発作が出れば、仕事を早退して迎えに行ったり。セナの体調不良が続くと、何日も仕事を休まなければならないこともあった。
目まぐるしい日々の中で踏ん張っていたが、うまくいかないことが続くと、疲れとイライラが溜まっていく。
あるとき、夫に対して激しい怒りを爆発させてしまった。
「また失敗だ・・・」。それまでの努力が水の泡になった気がして、落ち込んだ。
その後、母親や従姉妹に話を聞いてもらいながら、自分の気持ちを振り返った。掘り下げていくと、怒りの奥に、悲しみの感情が隠れていることに気が付いた。
「私の気持ちは誰にも理解できない」と、1人で全てを背負って、戦っているように感じていたのだ。
最初は1人で抱え込み、負担が膨らむとパンクして、周りに当たり散らしてしまう。「私は大変なんだから、分かってよ!」と訴えても、返ってくるのは「大変なのはあなただけじゃない」という反応。
夫や、手伝いに来てくれる母親に対しても不満が募り、相手を責めてどんどん孤独になっていく。その悪循環を作っていたのは、自分自身だった。
家族や職場の同僚、学校の先生にもそれぞれの事情があって、言葉で丁寧に伝えなければ、ボタンの掛け違いが起こってしまう。何度も衝突を繰り返す中で、コミュニケーションの大切さを痛感した。
辛いときは、人のせいにしたり、嘆いたりしてもいい。それでも、最後に答えを出すのは自分だ。「もう1人だけで頑張らないで、素直に力を貸してもらおう」と思うようになった。
昔は「知らない人に散らかっている部屋を見られたくない」と、ヘルパーを受け入れることに抵抗があった。しかし、そのこだわりを捨て、訪問看護や入浴介助など、さまざまな人に助けてもらうことにした。
次第に、家族や親戚だけでなく、学校や放課後デイサービス、ショートステイの施設など、セナとリコの将来を一緒に考えてくれる人たちが増えていった。
「もう1人で悩んでいるわけじゃない」。そう思うと心強く、少しずつ未来に希望を持てるようになっていった。
隔たりの向こうに見える世界
「よかった、日本語話せるんだね。安心した!」と、サリアは何度も言われたことがある。見た目が違うだけで、警戒されてしまうことは多い。
自分に向けられる視線は、障がいを持つ人への反応にも似ている気がした。関わり方が分からない不安が、人と人との距離を遠ざける。しかし、見た目や特性が違うからといって、特別でも可哀想なことでもない。
さまざまな「違い」というハードルを越えて、ただ目の前の人を知ってほしいと思う。
セナとリコが療育施設に通うようになり、サリアは初めて音楽療法士やガイドヘルパーなどの仕事を知った。そして、自分も福祉の世界に飛び込んだ。
現場は大変なこともあるけれど、仲間に癒され、楽しいこともたくさんある。セナとリコが殻を壊してくれたおかげで、新しい経験と出会いのチャンスをもらうことができた。
きっと、これからも壁にぶつかることはある。
その度に、悩んで、立ち止まって、向き合って・・・。
何度も繰り返しながら、また自分の場所から見える景色を広げていけると思っている。
下記の項目について取り組んでみよう。
・福祉をテーマにした映画を観てみよう。(おすすめ:「こんな夜更けにバナナかよ」「そこにあるもの」)
・もしも福祉の分野で働くとしたら、あなたはどんな仕事を選ぶだろうか。
・何かに悩んだり落ち込んだりするとき、どのように気持ちを切り替えているだろうか。
安果(やすか)
発達障がい児支援士。フリーライター。
過去に保育施設コンサルの営業、マッサージセラピスト、コピーライター、旅行業などを経験。
2011年から国内外の孤児院やNGO団体、戦争跡地、フェアトレードタウンなどを巡る。
海外放浪・就労を経て2021年より地元愛知にUターン。