2013年4月24日、バングラデシュの首都ダッカ郊外で、縫製工場が入るラナ・プラザが崩壊し、1,100人以上が亡くなりました。
2022年9月には、日本政府が「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を策定し、取引先を含めた人権尊重に、最大限努めるよう促しています。
ニュースで「サプライチェーン」という言葉を見かけても、工場や物流の話なのか、人権や環境の話なのか、つかみにくいと感じる人は多いはずです。
この記事を読むと、ニュースで見かけるサプライチェーンの話題を、身近な1枚のTシャツに置き換えて考えられるようになります。
Tシャツの流れの説明に始まり、国際機関と日本政府の資料、企業の公式な開示、関わる仕事まで、公表された資料を頼りに進めます。
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環境に取り組む企業や、関連するキャリアの記事は、以下のページで一覧できます。
サプライチェーンとは
サプライチェーンとは、原材料の調達から、製造、物流、販売を経て、商品が消費者に届くまでの一連の流れのことです。
英語のsupply chainは、供給(supply)の鎖(chain)を意味し、日本語では供給連鎖と訳されます。
簡単にいえば、商品が自分の手元に届くまでの、つながりの全体を指す言葉です。
環境の分野では、原材料調達、製造、物流、販売、廃棄などの一連の流れ全体で出る温室効果ガスを、環境省がサプライチェーン排出量と呼んでいます。
参考:サプライチェーン排出量全般(環境省 グリーン・バリューチェーンプラットフォーム)
身近な例:綿のTシャツ
綿のTシャツを例に、流れを追ってみます。
実際の国や工程は商品ごとに異なるため、ここでは一例としての流れです。
流れの出発点は、綿花を育てて収穫する農家です。
その綿を紡績工場が糸にし、織りや染色を経て、生地ができあがります。
生地は縫製工場でTシャツの形に仕立てられ、船やトラックで運ばれて、倉庫を経て店やネットショップに並びます。
1枚のTシャツの裏には、農家、工場、運送会社、店の従業員など、国をまたいで多くの人が関わっているのです。
上流と下流、そして取引先の先まで
政府のガイドラインは、サプライチェーンの「上流」を、原材料や資源、設備、ソフトウェアなどの調達や確保に関わる部分としています。
「下流」は、商品やサービスの販売、消費、廃棄などに関わる部分です。
対象は直接の取引先に限られず、その先の企業まで含みます。
取引先も、企業の活動に影響を与え、影響を受けるステークホルダーの一員です。
取引先を含むステークホルダーの意味や種類は、以下の記事でまとめています。
≫ステークホルダーとは?意味や種類、企業経営との関わり方を解説
参考:責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン(ビジネスと人権に関する行動計画の実施に係る関係府省庁施策推進・連絡会議、2022年9月)
サプライチェーンマネジメント(SCM)
サプライチェーンマネジメント(SCM)とは、調達から販売までの流れ全体を、企業や部門の垣根を越えて見渡し、商品を無駄なく届けるための管理の考え方です。
在庫や納期、コストの管理が中心です。
味の素株式会社は、地政学的な対立や自然災害によるサプライチェーンの寸断を、リスクとして整理して公開しています。
サプライチェーンとバリューチェーンの違い
2つの言葉は似ていますが、注目する点が違います。
サプライチェーンは、モノが原料から消費者へ届く「流れ」に注目した言葉です。
バリューチェーンとは、企業が顧客に価値を届けるための活動を、順番に分けてとらえる枠組みです。
経営学者のマイケル・ポーターが提唱し、ハーバード・ビジネス・スクールの研究所は、活動を分解して競争力の源を探す道具と説明しています。
取引先や販売網まで含めた大きな全体は、バリューシステムと呼ばれます。
参考:The Value Chain(Institute for Strategy and Competitiveness、ハーバード・ビジネス・スクール)
使い分けの目安
簡単にいえば、サプライチェーンは「モノの流れ」、バリューチェーンは「価値をつくる活動の連なり」です。
デザイン、素材選び、縫製、販売、アフターサービスの各段階で、どこが価値を足しているかを見るのは、バリューチェーンの見方です。
開示基準での使われ方
サステナビリティの開示基準でのバリューチェーンは、取引関係を含む広い意味の言葉です。
GRI 3は、バリューチェーンに、一次の取引先を超えた事業体も含めています。
2023年に定められたEUのESRSも、上流と下流のバリューチェーンを、影響の評価の対象にしています。
参考:GRI 3: Material Topics 2021(GRI)、ESRS(EUR-Lex)
実務では2つの言葉が重なる場面があるため、その資料が何を含めているのか、定義から確かめることが大切です。
GRIやESRSが、取引関係まで含めて重要な課題を決める考え方は、以下の記事で解説しています。
≫マテリアリティとは?意味やサステナビリティ経営との関わりを解説
なぜいま、サプライチェーンの人権・環境が問われるのか
背景には、国際的なルールづくりと、企業が責任を負う範囲の広がりがあります。
国連の指導原則から日本のガイドラインへ
2011年に、国連人権理事会が「ビジネスと人権に関する指導原則」を全会一致で支持しました。
日本政府は、こうした国際的な基準をもとに、2022年9月にガイドラインを策定しました。
ガイドラインに法的拘束力はありませんが、規模や業種を問わず、日本で事業を行うすべての企業に、取引先を含む人権尊重への最大限の努力を求めています。
ガイドラインが企業に求めているのは、人権方針の策定、人権デューデリジェンスの実施、自社が悪影響を引き起こしたり助長したりした場合の救済です。
人権デューデリジェンスとは、人権への悪影響を特定し、防止や軽減を図り、その取り組みを説明していく一連の取り組みです。
参考:同ガイドライン(関係府省庁施策推進・連絡会議、2022年9月)
海外の法制度と日本企業への影響
ガイドラインは、策定時点の海外の人権関連法制を、3つの型に整理しています。
1つ目は、開示や報告を義務づける型で、英国、オーストラリア、米国カリフォルニア州が例です。
2つ目は、人権デューデリジェンスを義務づける型で、フランス、ドイツ、オランダが挙げられています。
3つ目は、強制労働による産品の輸入を規制する型で、米国とカナダが例です。
対象外の日本企業でも、対象企業と取引していれば、影響を受ける可能性があります。
ガイドラインは、調査の対象になることや、契約で人権に関する誓約を求められること、取引停止のリスクを挙げています。
参考:同ガイドライン(関係府省庁施策推進・連絡会議、2022年9月)
EUでは、2024年6月13日に、企業のデューデリジェンスを定める指令(EU)2024/1760が採択されました。
2026年2月24日付の指令(EU)2026/470は、対象を、従業員5,000人超かつ純売上高15億ユーロ超の企業に絞ると定めました。
加盟国の国内法の適用開始は、2029年7月26日です。
EUの制度は見直しが続いているため、最新の内容は公式の発表で確認してください。
参考:Directive (EU) 2026/470(EUR-Lex)
サプライチェーンで問題になる人権・環境課題
サプライチェーンの課題は、国や企業をまたいで起こります。
ここでは、国際機関や政府の資料で確認できる3つを取り上げます。
児童労働
児童労働とは、子どもの健康や教育、成長を妨げる労働のことです。
国際労働機関(ILO)とユニセフによると、2024年に児童労働をしている子どもは、約1億3,800万人でした。
そのうち約5,400万人は、健康や安全、成長を損なうおそれのある危険有害労働です。
分野別では農業が最も多く、全体の61%を占めます。
農業は、食品や綿花など、多くの商品の原料をつくる分野で、サプライチェーンの最上流にあたります。
参考:児童労働に関する共同発表(ILO・ユニセフ、2025年6月11日)
縫製工場の安全:ラナ・プラザの崩壊
2013年4月24日、バングラデシュのダッカ郊外で、ラナ・プラザが崩壊しました。
ILOによると、1,100人以上が亡くなり、その多くは縫製で働く人たちでした。
事故の後、政府主導の取り組みと、ブランド主導のバングラデシュ協定、アライアンスによって、約3,780の輸出向け工場が安全評価を受けました。
このうち、2013年から2015年に39工場が差し迫った危険があるとして直ちに閉鎖され、改善の過程でさらに754工場が閉鎖される結果でした。
ILOは、事故から10年後の2023年に、産業は以前より安全になった一方で、課題も残っていると整理しています。
衣料の裏側にある労働問題は、以下の記事でも取り上げています。
参考:The Rana Plaza disaster ten years on: What has changed?(ILO)
環境:サプライチェーン排出量
環境の面では、温室効果ガスの排出が課題になります。
環境省は、サプライチェーン排出量を、Scope1、Scope2、Scope3の合計と説明しています。
Scope1は自社が直接出す排出、Scope2は他社から供給された電気や熱を使う排出です。
Scope3は、それ以外の間接排出で、原材料の調達、輸送、事業から出る廃棄物、出張、通勤など、15のカテゴリに分かれます。
自社の外で出る排出も、自社の事業に関わる排出として数える考え方です。
参考:Scope3排出量とは(環境省 グリーン・バリューチェーンプラットフォーム)
企業のサプライチェーンへの取り組み
企業は、取引先の状況を把握し、改善を促すことで、人権と環境の課題に向き合っています。
公式サイトで確認できた2社を、2026年9月時点の記載に基づいて紹介します。
株式会社ファーストリテイリング
株式会社ファーストリテイリングは、サプライチェーン全体の透明性を高めるために、生産パートナーのリストを公開しています。
2017年に主要な縫製工場のリストを公開して以来、対象を広げてきました。
2026年8月末時点のリストは、継続して取引する予定の全縫製工場や、主要な素材工場などが対象です。
掲載される情報は、工場名と所在地のほか、女性比率や移民労働者比率などです。
最終商品から原材料までを可視化し、トレーサビリティの確立に向けた取り組みも進めています。
主要な縫製工場や素材工場の従業員が、匿名かつ現地語で直接相談できるホットラインもあります。
設置場所は、上海、ホーチミン、ジャカルタ、ダッカ、東京などです。
参考:サプライチェーンの透明化と生産パートナーリスト(株式会社ファーストリテイリング)、苦情処理メカニズム(同社)
味の素株式会社
味の素株式会社は、国際基準に沿った人権・環境デューデリジェンスを進めています。
サプライチェーン上の人権影響評価では、2025年度に、タイのパーム油とインドの天然エビを対象にしました。
「サプライヤー取引に関するグループポリシーガイドライン」をもとに、サプライヤーの実態を把握し、改善に向けて伴走するとしています。
温室効果ガスについては、2030年度にスコープ3を2018年度比で30%削減する目標を掲げています。
取引先と一緒に進める
政府のガイドラインは、企業が直接の取引先にその先の人権尊重をすべて委ねるのではなく、共に協力して取り組むことが重要だと述べています。
CSRやサステナビリティに取り組む企業の例は、以下の記事で紹介しています。
≫CSR活動に取り組む企業10選!就職・転職におすすめの大手企業を中心に紹介
フェアトレード・エシカル調達とのつながり
企業の調達だけでなく、買う側からも、サプライチェーンを変える動きがあります。
フェアトレード
フェアトレードとは、開発途上国の原料や製品を適正な価格で継続的に購入し、生産者や労働者の生活改善と自立を目指す貿易のしくみです。
国際フェアトレード認証ラベルは、適正な価格の支払い、労働環境の保護、農薬使用の規制などの基準を満たした製品に付けられます。
フェアトレードに取り組む企業は、以下の記事で紹介しています。
≫フェアトレードに取り組む企業10選!就職・転職におすすめの大手企業からベンチャー
エシカル消費という選び方
エシカル消費とは、人や社会、環境に配慮した商品を選んで買う行動のことです。
認証ラベルの意味や具体例は、以下の記事で解説しています。
≫【2026年最新】エシカル消費とは?意味・具体例・認証ラベルをわかりやすく解説
サプライチェーンに関わる仕事・キャリア
サプライチェーンに関わる仕事は、モノを動かす仕事と、責任を確かめる仕事の両方にあります。
調達・購買
調達・購買は、取引先を選び、条件を決めて、実態を確かめる仕事です。
ファーストリテイリングは、品質やコスト、リードタイムに加えて、環境・人権の取り組み状況も踏まえて、生産パートナーを定期的にスコアリングしています。
サステナビリティ・CSR推進
サステナビリティ・CSR推進は、人権や環境への影響を洗い出して評価し、対策と開示を進める仕事です。
サステナビリティコンサルタント
サステナビリティコンサルタントは、人権デューデリジェンスや情報開示の整備に、専門家として加わる仕事です。
≫サステナビリティコンサルタントとは?業務内容や必要なスキル・資格、取り組む企業を紹介
物流・ロジスティクス
物流・ロジスティクスは、モノの流れを設計し、運ぶ仕事です。
環境省の区分では、調達や出荷の輸送も、Scope3の排出に数えられます。
ここまでの職種とは別に、事業そのものでサプライチェーンに向き合う例もあります。
COCOCOLOR EARTHのインタビューに登場する、エフダイヤモンドを運営するアイリックス株式会社の稲垣諄子さんが、その一例です。
稲垣さんは、商社や卸業者を通さず、身元のはっきりした高品質なダイヤモンドを、消費者に直接届けるのが特徴だと語っています。
また、持続可能な製造プロセスや労働者の人権保護など、倫理的で環境によい商品を届けたいと話しています。
商社や卸業者を通さずに届ける形は、取引の段数を減らす、サプライチェーンへの向き合い方のひとつです。
≫ラボグロウンダイヤモンドとは?人工ダイヤモンドとの違いやメリット、ブランド運営の想いに迫る~エフダイヤモンド 稲垣諄子~
企業で社会課題に関わる働き方を、まず全体から見たい方は、以下の記事が参考になります。
≫民間企業で社会課題解決に関わるには?CSR・サステナ・ソーシャルビジネスの違いと選び方
よくある質問
サプライチェーンを調べるときに出てくる疑問を、4つ取り上げます。
Q. サプライチェーンとは何ですか?
A. サプライチェーンとは、原材料の調達から、製造、物流、販売を経て、商品が消費者に届くまでの一連の流れのことです。日本語では供給連鎖と訳されます。政府のガイドラインは、調達に関わる上流と、販売、消費、廃棄に関わる下流に分け、直接の取引先に限らず、その先の企業も含めて考えるとしています。たとえば1枚のTシャツは、綿花の農家、紡績、縫製、輸送、店を経て届きます。簡単にいえば、商品が手元に届くまでのつながりの全体です。
Q. サプライチェーンとバリューチェーンの違いは何ですか?
A. サプライチェーンは、原料から消費者へ届くモノの流れに注目した言葉です。バリューチェーンとは、企業が顧客に価値を届ける活動を分けてとらえる枠組みで、マイケル・ポーターが提唱しました。取引先まで含めた全体は、バリューシステムと呼ばれます。簡単にいえば、サプライチェーンは「モノの流れ」、バリューチェーンは「価値をつくる活動の連なり」です。ただし、GRIやESRSなどの開示基準では、バリューチェーンが上流と下流の取引関係を含む意味で使われます。
Q. サプライチェーンではどんな人権・環境課題が指摘されていますか?
A. 指摘される課題には、児童労働、縫製工場の労働安全、温室効果ガスの排出があります。ILOとユニセフによると、2024年に児童労働をしている子どもは約1億3,800万人で、農業が61%を占め、約5,400万人は危険有害労働です。2013年のラナ・プラザの崩壊では、1,100人以上が亡くなり、ILOは10年後に、産業は以前より安全になったと整理しています。環境省は、自社の外で出るScope3の排出も、サプライチェーン排出量に含めています。
Q. 企業はサプライチェーンの人権にどう取り組みますか?
A. 日本政府の人権尊重のガイドライン(2022年9月策定)は、企業に、人権方針の策定、人権デューデリジェンスの実施、自社が引き起こしたり助長したりした悪影響への救済を求めています。法的拘束力はありませんが、日本で事業活動を行うすべての企業に、取引先を含む取り組みを求める内容です。株式会社ファーストリテイリングは、縫製工場などのリストを公開し、味の素株式会社は、パーム油などを対象に人権影響評価を行っています。
まとめ
サプライチェーンとは、原材料の調達から消費者に届くまでの一連の流れで、取引先の先まで含めて考えるのが、いまの基本です。
人権や環境の課題は、その流れのどこでも起こりえます。
身の回りの服か食べ物を1つ選び、その企業のサイトで、原料の産地や調達方針が公開されているかを調べてみてください。
公開されている情報を読むと、その企業が取引先とどう向き合っているかが見えてきます。
調達や人権に関わる仕事が気になったら、ココキャリアで企業を探し、取引先との向き合い方を公式サイトで確かめてみるのも一つの方法です。
1枚の服の向こうに並ぶ人たちを思い浮かべることが、この分野を知る最初の一歩になります。
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この記事の監修者
吉田宏輝
COCOCOLOREARTH代表、社会活動家。
COCOCOLOREARTHでは、社会課題解決を軸にした就職・転職活動を支援するインタビューメディアの代表として、100人以上の社会活動家にインタビュー、記事執筆やイベント登壇などを行う。
